本稿は、カナダ・トロントの日本語情報誌「TORJA」に掲載された移民コラムを、一部加筆・編集して掲載しています。
「PRは約束していない」で済ませるカナダ政府の無責任
「カナダは留学生に永住への道を与える義務はない」。7月22日付のグローブ・アンド・メール誌に、こんなタイトルのオピニオン記事が掲載されていました。読んでいて、私は強い違和感を覚えました。確かに正論です。学生ビザは一時滞在許可であり卒業後の就労許可(PGWP)も永住権(PR)も保証されていません。
では、誰が世界中の若者に「カナダで学び、働けば、永住できるかもしれない」と思わせたのでしょうか。
家族の土地まで担保にして来た留学生
一方、トロントスター誌は7月24日、25歳の元留学生Joyal Joseさんを紹介しています。インドの農夫の父と看護師の母は、息子をカナダへ留学させるため家族の土地を担保に入れて資金をかき集めました。5学期分の学費だけで45,000ドル。本人も生活費を稼ぎながら学校に通いました。
なぜ、そこまでしたのでしょう。単に「外国で2年間勉強して帰国する」ためだったのでしょうか。スター誌の記事には、留学(education)から移民(immigration)につなげるモデルを表す「edugration」という言葉まで登場します。
そして彼らにとって「帰国する」という選択肢は、私たちが考えるほど簡単ではありません。家や土地を売り、親に借金までさせてカナダへ送り出してもらったもののPRを取らずに帰れば、家族の期待を裏切り、「失敗して帰ってきた」と見られる社会的プレッシャーさえあるといいます。
つまり、カナダは多数の「留学生」を受け入れることによって、その一人ひとりの背後にある、家族の期待、そして人生まで一緒に引き寄せたのです。
「75点」の衝撃
私が忘れられないのは2021年2月13日、土曜日の朝です。エクスプレスエントリーのドロー結果を見て、最初はIRCCの掲載ミスかと思いました。CRS 75点。招待者27,332人。
COVID-19という特殊事情があったとはいえ、世界に発したメッセージは強烈でした。「カナダに行けば、いつかチャンスが来るかもしれない。」
政府はそんな約束をしていない、と言うでしょう。しかし移民政策とは、政府が書いた法律やガイドラインだけで完結するものではありません。それを見た世界中の人々がどう行動するかまで含めて「政策」なのです。
蛇口を開いたのは誰だったのか
やがて留学生と一時就労者は急増し、住宅不足や人口増加が政治問題になると、政府は急に蛇口を閉め始めます。学生ビザにCAP、PGWPに新たな要件、一時滞在者の削減。
そして聞こえてくるのは、「留学生が多すぎた」「悪質な学校が問題だ」「悪質な移民コンサルタントが問題だ」という話です。
悪質業者は当然取り締まるべきです。しかし、そもそも蛇口を開いたのは誰だったのでしょうか。
学校は留学生からローカルの3-4倍もする高額な授業料を受け取り、企業は安い労働力を得て、州は留学生を受け入れ、連邦政府はStudy → Work → PRという仕組みを拡大してきました。
カナダ社会全体がその恩恵を受けていた時には歓迎し、都合が悪くなれば「PRなんて約束していない」。果たして、それだけで済ませてしまってよいのでしょうか。
だからといって、現在の留学生全員にPRを与えるべきだと言っているのではありません。移民政策が社会情勢によって変わるのは当然です。問題は別のところにあります。政府は、自分たちが出す移民政策という「シグナル」が、人々の人生をどう動かすのかまで考えているのでしょうか。
人々がどのように政策を信じ、どのような状況の中で、人生そのものをかけて決断をしたのか。そうした背景を人道的な観点から考慮する必要はないと、本当に言えるのでしょうか。政策を作る政府の責任は、「PRは約束していない」の一言で終わるほど軽いものではないと思います。
