カナダで活躍する日本人、第29回目はワーホリから就労ビザを経てカナダ永住権を取得し、昨年古着ショップのShoppuをオープンした前原美紀さん (以下敬称略)をご紹介します。前原さんは日本やUSのファッション業界で幅広く経験を積まれ、カナダでは古着のバイヤーとして活躍され独立するに至りました。今回は、前原さんのキャリアのこれまでの軌跡に焦点を当ててみたいと思います。
QLS:この業界に興味を持ったきっかけは何だったでしょう。
前原:母がファッションが凄く好きで、装苑(そうえん)というファッション誌があるんですけど、型紙を使って(昔の装苑には付録に洋服の型紙がついていました)服を作っているのを子供の頃から見ていました。幼稚園の頃からいつも周りの子たちと違う服を着せられていました。手作りだったり、凄くモードな服を着せてもらったり。周りの子たちがピンクの可愛いキャラ物のサンダルを履いている時、私はレザーの大人が履くようなサンダルを履いていました(笑)今思うと私の好きな服のルーツは母から教えてもらった気がしています。
学生時代は中高一貫の受験校に通い、医学部を目指して浪人までしてダメだった時に、本当に自分がしたいことは何だろうって改めて真剣に悩み考えました。
その当時私はどちらかというと自分を表現するためにファッションを楽しむというよりは、雑誌を切り抜いてコラージュを作って自分専用の雑誌を作るみたいなことをやっていて、やっているうちにこういう服の組み合わせにすると可愛いとか、だんだん自分の“好き“が分るようになっていきました。そこからスタイリストになりたいと強く思うようになりました。それがファッションの世界で働いてみたいと思った一番最初です。
QLS:スタイリストというと、役者さんとか有名人のファッションをコーディネートする仕事ですね。
前原:はい。その時はまだ二十歳になる頃だったので、洋服のこととか全く知らないままそういう業界に入るよりも、流通とか多少わかってからスタイリストになった方が良いとアドバイスを行きつけの古着屋のお兄さんから受けました。それで、たまたまその方の友達が働いているイタリアブランド(トラサルディー)が人材を募集しているから、いい服を触って販売できるっていう機会はなかなかないからやってみたらと言われて、その大阪の百貨店に入っているイタリアブランドのお店で働くことになりました。
最初の3か月は売上がずっとゼロでした。売り方もわからないし、シンプルなTシャツでも数万円とかするんですよね。自分の中ではそういうのを一体誰が買うんだろうと正直思っていました。その時の直属の上司が全国で1番の売上を持ってらっしゃる方でたくさん勉強させていただきました。お客様への挨拶の仕方、声のトーン、大きさ、隅々まで掃除をしてお客さんを迎えるとか、お客様が入ってくるときの店頭の空気の整え方とか、目に見えないことでも自分の行動でどうにかなる、ベースになる大切だけどとても地道で重要なことを叩き込まれました。当時私は20歳くらいでお客様(平均年齢層40〜50代)にとっては子供みたいな年齢なので、そんな私からどうやったら買いたいと思ってもらえるか模索しろとずっと上司から言われていました。毎回の接客でのお客様との会話をノートに書き込んで、どういう受け答えが正しかったのだろうと悩んで、試してを繰り返しました。自分の方が知ってますよというスタンスよりはお客様から可愛がってもらうように、逆にお客様から教えてもらうとか、また私の持っているセンスで、こういう合わせかたをするともっと上品で若々しく見えますよと提案してみたり、自分が作っていたコラージュを参考にして、洋服の知識も広げながら接客を続けました。一旦売上げの立て方のコツがわかってから1年後くらいに全国で売り上げ1位をとることができました。私の作ったスタイリングでご購入に至ったことは本当に嬉しく、幸せなことでした。
それでますますスタイリストになりたいという気持ちが強くなり、2連休とか3連休とかがあるたびに、夜行バスで大阪から東京に行ってスタイリストのアシスタントをしていました。
QLS:そうだったんですね。その後は念願のスタイリストアシスタントとして働かれたのですね。
前原:はい、ある程度お金も貯まった時にスタイリストになろうと思って退職し、一週間後には東京に行きました。今考えると住む家もなくよくやったなと思うんですけど、とにかくスタイリストになりたい気持ちが強くて、とりあえずまず東京いかなきゃという感じでした。
本当に運がいいことに、私の師匠になるスタイリストの方の色んな現場に行かせてもらって経験を積むことができました。師匠がマルチの方だったので雑誌もCMも映画もテレビ収録も全般的にやりました。アシスタントで学んだことは、その人に会った時に瞬時に、身長、体重、ウエスト、股上のサイズとかを判断して、この服はこの人に合うというのを師匠に伝えなきゃいけないんです。もし咄嗟に言えなかったら、“おい!”みたいな感じで怒られてました。でもその時の経験は今の販売の仕事にすごく役に立っています。
QLS:すごい厳しいですね。
前原:はい、厳しかったです。忙しくて3日寝れないことも度々ありました。でも緊張感のある一流の現場で働けているという特別感が自分を奮い立たせ、頑張る原動力になっていました。3年半くらいたった頃に、スタイリストの師匠から “独立を考えようか” という言葉をもらったんです。私たちアシスタントの間ではその言葉をもらうために皆頑張っているというところがありました。でも師匠からその言葉を頂いたときに、咄嗟に “私、アメリカに行きたいんです” と 答えたんです。師匠は?という反応でした。
実はもうひとつの夢に“海外で働いてみたい“というのもありました。時間さえがあればずっと海外の求人を調べていました。そしてアメリカでの古着のピッカーの募集を見つけ応募しました。その当時は力仕事なので男性限定って書いてあったんですけど、どうしても行きたかったので履歴書とは別に手紙を書いて、スタイリストとしての下積みがあるから絶対男性に負けません、体力はあるし精神力もあって力持ちです(スタイリストは両手一杯に衣装を抱えなくてはいけないので)と書いて送りました(笑)そこで運良く働けることになったんです。後にボスからあの手紙で採用したよって言われました(笑)
QLS:そうなんですね。ピッカーの仕事はどうでしたか。
前原:その職場では初めて古着について一から学びました。上司の方が洋服オタク古着オタクですごく知識のある方だったので毎日つきっきりで教えてもらいました。一日に何千枚という洋服を見るんです。山のように服が積まれててその中から売れるものを瞬時に判断しないといけないんですね。スピードが要求される仕事です。触った感じで年代がわかったりとか、爪の先ぐらいしか見えていない生地やボタンを引っ張って、どの年代のものでという判断ができるように訓練しました。卸しの会社だったので、日本の古着屋さんで売れるもの、その中でも古着屋さんの系統によって集めるものを変えたり、新しく提案させてもらったり、またアメリカやヨーロッパの古着屋さんともコンタクトを取ったり、また新しいことを学ばせてもらいました。そして30代前半を機に日本でもう一度挑戦したくなり、帰国しました。
QLS:ショップマネージャーの仕事ですね。
前原:もちろん最初は販売スタッフからのスタートでした。数字をもとに戦略を立て、結果を出していく会社だったので、今まで感覚に頼りがちだった自分の働き方が大きく変わりました。年、上半期、下半期、月の売り上げ目標、来店数、買い上げ率、お客様の単価、家賃がこのくらいだから坪あたりの売上をこれくらいにしなきゃいけないとか、どのブランドがどういうふうに売れているとか、そういう計算を常にしていました。来店数が少ない店舗数もやり方によっては売り上げを上げられるということを学びました。またバイイングの仕事にも携わりながら、オリジナル商品のデザインにも参加しました。どういう服が売れるのか、どんな生地を使って、どういうサイズ展開でいくかとかを決める過程も経験させてもらえました。
QLS:その後カナダに来られて古着業界に戻られたわけですが、そこではまた新しい経験がありましたか。
前原:たくさんありました。カナダに最初来たときは英語も話せず、お客様が探しているものの単語が何かも分からないレベルでした。アイテム名から英語を学び、それに付随する簡単な単語から予想して提案していました。またstudio54、バーニングマン、70’sパーティー、80’sパーティ、90’sパーティー、カウボーイパーティーなどのパーティー文化、イベントに合わせて皆洋服を買って行ったりするんですけど、最初はわけがわからなくて教えてもらっていました。
QLS:その後自分でお店を開くことになったいきさつについてはどうでしょう。
前原:実は、こっちに来てすぐに仕事とは別に趣味で古着を集めてたんです。それで最初に住んでいた家が住めなくなるくらい洋服が溜まってしまったんです。働いていたところの古着屋のお客様が、ある時“一度Mikiの持ってる服を見てみたい”と言って自宅に遊びに来てくれたんです。本当にすごい量を集めていたので、彼らはびっくりして、買ってもいいのかと聞かれました。そうしたら“来週友達連れてきていい?”などとなって、そこから口コミでばあーと広がってったんです。
そうしたら、ある時大家さんが人の出入りが激しいけど何してるの?って部屋に入って来られて、部屋が洋服で溢れているのを見て、これは困るって言われてその家から立ち退きを言われました。そのあと広いスタジオに移ったんですが、その頃から自分でビジネスしようと思い始めました。それで昨年今の物件(Shoppu:896 College St, Toronto)を見つけて店舗を持つに至りました。
QLS:それは面白い話ですね。今の前原さんのビジネスはどんな感じですか。
前原:お店の方は、古着の選択、買い付け、商品のメンテナンス、インスタグラムで販売する商品の撮影、店舗設営、販売に至るまで全部一人でやっているので予約制にしています。お客さんが来た時に“わー”ってなるくらいの量の洋服をいつもキープするようにしています。予約制なのでじっくり見てもらって、スタイリングがご希望の方は全身スタイリングして、特別な空間を作れるように努めています。オンライン販売もしていますが売り上げ全体の10%くらいで、やはり試着して決めたいというお客様が多いです。
それと、私のお店の買い付けはちょっと特殊で、古着が集まってくる大きな倉庫にピッキングに行くのではなく、趣味で個性的なお洋服を集めている方や、40〜90年代にリアルにお買い物されていたお洒落な方から直接買い付けたりしています。私の祖母やあたる年代の方達で、当時のお話を伺いながら、たくさんの知識を教えていただいています。1着1着とても思い入れがあるので、素敵な方へ旅立った時は幸せを噛み締めています。
QLS:本当に今まで積み重ねた経験の集大成ですね。何か今後やってみたいことはありますか。
前原:そうですね。古着以外もやりたいなという思いもありますが、どこかのブランドを扱うのか、自分のブランドを作るのか、まだぼんやりとしています。古着屋さんという枠にとどまらずにこれからも新しいことにチャレンジしたいなと思っています。
(インタビューを終えて)
本当に好きなこと、得意なことを仕事にして、結果を出しながら自分の枠をどんどん広げていく姿勢に大変感銘を受けました。また、粘り強く学びベースを積み上げてきたという話は、口当たりのいい起業家の話にはない迫力を感じました。