カナダで活躍する日本人、第19回目は発達障害のある子供たちのセラピストとして働く柏戸芙美子さん(以下敬称略)をご紹介します。柏戸さんはカレッジ卒業後、スペシャルニーズのある子供たちのためのラーニングセンター、 Aspiration and Discoveriesからジョブオファーを受け、就労ビザを経てこの度永住権を取得されました。ASD(自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群)を持つ子供、あるいは大人を社会がどうやって受け入れていくかは、今なお北米でも課題となっており、今回はその現場で日々奮闘される柏戸さんにインタビューをお願いしました。
QLS: まず柏戸さんがカナダに来られたきっかけについて教えて下さい。
柏戸: 日本では不登校と呼ばれる学生たちを受け入れる通信制の学校で働いていました。そこで学生たちのカウンセリングをしたり勉強をみたりしていました。7年ほど働く中で発達障害の子供たちもいたので、もっと発達障害について知りたいと思い勉強を始めました。自閉症や不登校についての勉強会に参加したり独学で勉強をしていく中で興味がどんどん湧いてきて、きちんとした療育(セラピー)を勉強してみたいなと思うようになりました。日本ではTEACCHという療育や作業療法を取り入れているところが多いのですが、色々と調べていく中でABA(Applied Behavior Analysis:応用行動分析学)の原理を基にしたIBI(Intensive Behavioral Intervention)というメソッドがあることを知りました。日本ではあまり勉強できるところがなかったので、ABA&IBIを勉強できる海外に行こうと思いカナダに来ました。
QLS: 応用行動分析学(ABA)を使ったセラピーというのは具体的にはどういうものですか。
柏戸: ABAを使ったセラピーですが、「人間の全ての行動・言動には理由がある」というのがこのABAの根本にある考え方です。例えば、自閉症の子供たちのなかには自分の思いを伝えたくても言葉がうまく出てこないために、泣いたり叫んだりしてしまう子がいます。そういう行動には全て理由があるので、そういった行動を起こさせないためにはどのようにしたらいいのかを環境要因も含めて考えます。また、こういう行動をして欲しいと思う場合、彼らのモチベーションをどのように上げるかを考えたりします。例えば「Hi」と挨拶をしても子供によって反応が全然違うので、その反応を分析して、どのようにモチベーションを上げるか考え、起こして欲しい行動に繋がるように仕向けます。行動した後にご褒美がないと子供たちのモチベーションが上がらないまたは持続しないので、Hiと言わなかった子がHiと返してきた時には褒めてあげて、その子の欲しいものをあげることから始めます。最終的にはそういったご褒美がなくても行動を起こすまで持っていくのが私たちの目標です。アスペルガーや自閉症、学習障害を持っている子供たちを中心に1人の生徒に1人のセラピストがセッションを担当しています。
QLS: 柏戸さんは日本とカナダで発達障害児を見てこられたわけですが、障害者に対する人々の意識や社会の受け入れ方に違いはありますか。
柏戸:今現在の状況はわかりませんが、私が日本に居た頃は、日本はどちらかというと閉鎖的といいますか、障害を持っている人たちとその家族がなかなか表に出てこれない環境があったかと思います。私が日本にいた頃は障害を持っている子供たちが他の子どもたちと交流できる場やコミュニティと繋がれるイベントも少なかったので、どうしても孤立してしまうことが多かったように思います。一方、カナダでは障害を持っているからといって社会との接触を避けることはないですし、障害を持っている子供たちも他の子どもたちと交流できるしくみが沢山あります。社会全体としても障害を持った子たちを理解しようという気持ちが大きいように思います。例えば、映画館でも、自閉症の子供たちや音や光に敏感な子供たちも来ることができるように映画のスクリーンに工夫が施してあったりします。
QLS: カナダで仕事を始めて苦労することはありましたか。
柏戸: そうですね、最初のうちは海外での仕事に慣れていなかったので、子供たちと遊ぶ中で童謡を歌わなければいけない時は、英語の歌は、ABCソングぐらいしか知らなかったのでたくさんの歌やゲームを覚えるのに苦労しました。それと、どれだけ時間を費やしてもどうしても思うような効果が現れないこともあり、新しいアイデアを次々と試してみなければならない時はとても大変です。また、セラピーに集中的に来ている子供たちの中には目に見えて成長する子もいますが、家で過ごす時間の方がセンターで過ごす時間よりも長いので、センターで習得したことをどうしても忘れてしまいがちです。親御さんたちにも私たちがやっているような応用行動分析学をもとにしたかかわりを家で実践してもらうようにお願いしているのですが、やはり皆さん忙しいので同じようなサポートを家で実行するのは現実的には難しいようです。週末を挟むと、その週に習得できていたスキルが振り出しに戻っていることもあり、がっかりさせられることもありますね。
QLS: やはり、セラピストが教えるのと親御さん教えるのとでは違いがあるんでしょうか。
柏戸: わたしたちセラピストのモットーの一つに、Consistency(一貫性)があります。3、4人のセラピストが一人の子どもにかかわるのですが、一貫性があることで、子供たちが混乱することなく、学んでいける環境があると思います。一方、センターの外では、例えば家庭では、親御さんなりに正しいと思う教え方があると思います。教え方に違いがあってもいいと思うのですが、やはり一貫性と行動を分析することが大事になってくると思います。親御さんもお仕事があったり、家事、他の子どもたちの学校行事等、日々忙しくされている中、障害を持った子供さんが「言うことを聞かない」と苛々してしまうことが多いと思います。親子はとても近い存在なので、感情的になりやすいのも、同じかかわりが一貫して出来ないこともとても理解できます。わたしたちセラピストと同じようにABAの原理を知っているとどうしてこういう行動を起こすのかということが理解できるようになるので、苛々することが減っていくと思います。私は親御さんの精神的負担が減るように、親御さんにも自分たちのアイディアをシェアするようにしています。Parent Coachingを継続して受けられている親御さんのストレスレベルが変わってきているのはとてもよくわかります。
QLS: 今のお仕事にやりがいはありますか。
柏戸: オーバータイムもありますが、やりがいは常に感じているので続けていきたいと思っています。言葉が全くなかった子供が話せるようになったり、コミュニケーションツール(AAC: Augmentative Alternative Communication)が使えるようになったことで、癇癪の度合や頻度が減ったりと、子供たちが学んで行く姿をみるのは、本当に感慨深いです。応用行動分析学というのは障害を持っている人以外にも使える原理なので、周りの友人にも子育てについてアドバイスできたりするのがいいですね。
QLS: これからカナダで新しいキャリアを開発したいと考えている人に何かメッセージはありますか。
柏戸: 子供が好きで困っている人をサポートしたいという人には是非インストラクターセラピスト(Instructor/Behavior Therapist)という仕事をお勧めしたいです。自閉症の子供たちの数が増えているのか、ABAを取り入れたIBIが認知されてきたからなのかは分からないですが、セラピストの需要は年々増えてきています。カナダでは幼稚園の先生もそうですが、セラピストの数も足りていないのが現状です。スペシャルニーズが必要な子供たちは小さい頃のセラピーが大事なので、これからもっとセラピストの数が増えていってくれたらと思います。
(インタビューを終わって)
現在カナダでは発達障害を持つ外科医が活躍するTVドラマ”Good Doctor”がヒットするなど、アスペルガー症候群も身近なものとなっていますが、発達障害を持つ子供たちの療育の現場は、もっと地道で泥臭くて根気のいる世界だということを知りました。また、ABAは発達障害児だけでなく、誰もが日常生活において自分の行動や感情を分析するために役に立つという話もとても興味深かったです。今後、カナダで柏戸さんに続く日本人セラピストが生まれることを期待したいと思います。