カナダで活躍する日本人、第十三回目はトロント大学で都市計画の修士号を取得後、低所得者層や精神的病いを持つ住民への支援、コミュニティーの再生に取り組むNPO、Parkdale Activity Recreation Centreでリサーチャーとして活躍中の神崎邦友さんにお話をおうかがいしました。また、神崎さんには研究者として北米を拠点として活動することの魅力も語って頂きました。
QLS: 神崎さんは日本の大学で都市計画を学んだ後、更に学ぶためにトロントに来られましたが、トロントを選んだ理由は何かありましたか。
神崎: もともと都市計画、都市が抱える貧困などの社会問題に興味があったんですが、たまたま日本の大学在学中トロントのヨーク大学に一年留学し、日本とは少しちがった「都市計画」にふれる機会があったことがきっかけです。日本では都市計画というとパブリックセクター主導の土地利用計画など、主にハードの部分に焦点があてられることが多く、また大学でも都市計画は工学部などに属していることが多いと思います。一方、北米では幅広く、学際的な視点から都市の問題にアプローチをするのが主流です。特に、こちらでは、ソフトの部分、つまり都市計画や社会政策がその地域社会にどのような影響をもたらすか、どのような社会サービスニーズがあるのか、いかに地域にあった解決策を計画・立案していくか、 といった研究・実践が進んでいることも興味をひかれた理由の一つです。このような分野を都市計画の中では、社会計画(Social Planning)や地域開発(Community Development) と呼び、トロント大学の都市計画プログラムでこれらが専攻できることも大きな魅力でした。
QLS: なかなか興味深いテーマですね。例えば都市計画、地域開発によってコミュニティーにどういった影響が出るのですか。
神崎:私が属しているNPOのあるParkdale(トロントの西端、クイーンストリートからオンタリオ湖に跨るエリア)がまさにいい例ですが、この地域はもともとダウンタウンに勤務する富裕層が多く住むエリアだったんですが、近くにかつてカナダ最大規模といわれた精神病院があったんです。70年から80年代にかけて、精神病患者を病棟に閉じ込めておくのではなく、コミュニティーに解放してそこに住む住民がケアすべきだという考え方(Deinstitutionalization)が起こりました。このコンセプト自体は当時北米でトレンドとなっていたのですが、実際には病院が閉鎖されると病棟を追い出された精神病患者が街に溢れ、その受け皿となる住宅の供給やサービスも十分でなかったので、街は一転して貧困、麻薬、売春が蔓延するエリアに変貌してしまいました。この時政府からの住宅補助が限られており、私が属するNPOをはじめ地域団体がこの問題の解決のために中心的な役割を担ったようです。
このように地域の抱える問題、社会的なニーズに対応して、外部の力も借りながら地域として取り組み、地域としての力をつけてうまく乗り切っていくのが地域開発(Community Development)の基本的な考え方です。
その後、このエリアは多くの安価な住宅や社会サービスもあることから、様々な移民の人たち、最近ではチベットを中心とする新移民も流入して、移民の受け入れ地域としての顔も併せ持ってきました。更にこのエリアの場合は、Gentrificationという現象も見られるようになりました。つまり、低所得者層が多く住む地域に、その生活コストの低さに魅かれたアーティストがまず多く移り住むようになり、その地域に復興の兆しが見えると、将来の再開発計画を見込んだ中高所得者層も住むようになっていく地域の変化の過程です。こうした動きは地域の活性化につながる一方で、コミュニティーが急速に変容することで元々住んでいた人たちが居心地の悪さを感じたり、地域の変化に伴い家賃が上がることで、低所得者層の人たちが立ち退き (Displacement)を余儀なくされることもあり、新しい住民との間に紛争が起こりやすくなっています。こうした問題の解決にも地域のNPOが大きな役割を果たしています。
QLS: Deinstitutionalizationというのはなかなか強烈なコンセプトですね。ところでカナダには精神的病いを持つ人を含めて多様な人たちをコミュニティーで支えていくという土壌はあるとお考えですか。
神崎: 歴史的にみて、コミュニティーで支えていくという強い土壌がつくられてきたと思いますし、日本と比較してみて、こちらのNon-Profit Sectorの基盤は強いと感じます。コミュニティーベースで様々なサービスやプログラムを提供し、地域の生活を支え、さらには研究・政策提言活動を通して政策立案・決定にも重要な役割を果たしてきたと思います。
しかし、政府の社会福祉における役割が変化していく中で、その基盤を保っていくことが難しくなってきているのかもしれませんね。特にトロントが位置するオンタリオ州では、1995年からの州政府による社会政策改革が、社会問題に更なる影響を与えたと言われています。例えば、労働市場の緩和、社会住宅プログラムの縮小、生活保護等の社会保障費のカットなどが行われました。その結果、働いても貧困レベルの所得しか得られないWorking Poorに陥る人々の増加や、路上生活を余儀なくされた人々の増加などがあげられます。また多くのNPO団体も助成金の縮小等に直面する一方、社会サービスへのニーズは増加し、その対応に追われている状態です。
このように、「共生」をコミュニティーレベルですすめていく上でも、社会・福祉政策からコミュニティーレベルのサービス・プログラムを含めた「社会インフラ(Social Infrastructure)」の重要さを、日々仕事を通して実感されられます。さらに、ジェントリフィケーションという課題も直面しているParkdaleなどの地域もあり、どうやって”inclusive neighbourhoods”をつくっていくかというのが、大きな政策・研究課題です。現在僕が行っている仕事でも、どうやって地域レベルで社会インフラをつくっていくか、「共生」をすすめるためにどんな仕組みやツールをつくっていくかというのが大きな課題でもあります。
QLS: では、神崎さんご自身は実際NPOでどんなお仕事をされていますか。
神崎:基本的に私が行っているプロジェクトは私が所属する団体だけで行っているというよりは、リーダーシップをとってParkdale内外の様々なコミュニティーパートーナーと恊働で行っている共同プロジェクトになります。
具体的には、コミュニティー・ランド・トラストといって、コミュニティー内の土地を個人単位でなく共同で所有し、利害関係者の意見を調整してコミュニティーとして理想的な土地利用を進めるプロジェクトや、様々な地域開発事業を進めるための資金調達にも時間を割いています。また、最近は住宅コストが上がる一方で収入が増えないために十分な食事を確保できない「フード・セキュリティ (food security)」の問題が低所得者層の大きな課題となっています。そのため、フードバンクやコミュニティー・ミールプログラムなどへのニーズが高まっていることから、各団体が供給する食の調達についてリサーチし、それを効率化し、Non-Profit Sector特有のニーズに見合った食の流通システム作りに関わるプロジェクトも行っています。
各プロジェクトについてまずリサーチから始まって、問題を明らかにし、次にそれを解決するための実効性のある計画を作成してステークホルダーを説得し、リソースを確保した上で実行・評価するまでの一連の流れをマネージしています。リサーチだけでなく、自ら実行して結果を出さなくてはいけないので大変ですがやりがいもあります。また、実行に当たって関係者間の調整も大切な仕事の一つになってます。
QLS: 神崎さんは将来また研究者として学校に戻られることも考えられているそうですが、このまま日本には戻らず北米を拠点に研究活動をする予定ですか。
神崎:今回永住権を取得したのもその可能性を残しておきたいと思ったからですが、先日もトロント大学の日本からのリサーチャーと話していて、日本の研究者の置かれた環境がカナダとは随分違う印象を受けました。特に印象に残っているのは、日本では担当する授業数の多さや、様々な委員会の業務や入試関連業務に追われて研究のための十分な時間がとれないのが実態のようです。それに比べると私のトロント大学の教授の方々は、1年間のサバティカル(大学教員などが研究に専念するために一定期間与えられる長期有給休暇)も取得しやすいようで、またフィールドリサーチも積極的に行う時間をつくっているようです。本来の研究活動に使える自由な時間が比較にならないくらい多いように思います。また、北米の大学ではいわゆるApplied Researchといって実際の社会問題解決のための研究がさかんです。大学と実社会、コミュニティーとのつながりが強く、私の研究テーマもNPOとのパートナーシップがなければ成り立ちません。学問を通して社会貢献を実感できることも大きな魅力の一つです。
QLS: 今回のお話は興味がある半面、どこまで理解できるかと不安でしたが(笑)わかりやすく説明していただきありがとうございました。今後の一層のご活躍をお祈りしています。