カナダで活躍する日本人、第23 回目は高校卒業後に渡加、トロントのカレッジでActingのプログラムを修了、卒業後は多数のオーディションに応募。厳しい選考に勝ち残ってネットフリックスがプロデュースする“Age of Samurai”に20代の豊臣秀頼役で出演 (2021年2月にリリース) 。この度永住権を取得して本格的に北米で役者としてのキャリアをスタートしたInoue Masatoさん (以下敬称略)をご紹介します。
QLS: そもそもどういうきっかでカナダで役者を目指すことにしたのですか。
Inoue: そうですね、自分の場合は少し特殊な感じになるのですが、まず海外で何かをしたい・英語を喋って仕事をしたいという思いがありました。また、それとは別に子供の頃から人と違う事がしたいというビジョンもぼんやり持っていました。そこで、パフォーミングアーツ系等の物に興味があった事もあり、自分とは違う人の人生を演じて、見ている人に何かしらの感動を与える仕事に惹かれていった、という感じなんですね。わりとバラバラなそれぞれの要素が繋がってここに至ったという感じです。何か一つの作品に夢をもらったとかではないですね。
英語圏の中でもカナダを選んだ理由は、現実的な話になるんですが、留学費用がアメリカより安かったのと、卒業後のビザのことを考えた時に永住権も含めて長期で滞在できる可能性がアメリカより高いと考えたからです。
QLS: それが今回の永住権取得に繋がったわけですが、やはりPR保持者でないと仕事を取りづらいとかはありますか。
Inoue: ありますね。これまでPRステータスがないせいで、何十件ものオーディションや直接話を頂いた案件でも見送らざるをえなかった経験があります。ちょっと細かい話になりますが、Actorのための特別なソーシャルインシュランス番号のようなものがあって、PRのステータスがないとそれを取得できない、この番号がないと仕事の機会はかなり制限されるという現実があります。なので永住権は仕事をする上で必須でした。
QLS: 井上さんは二つのカレッジでActingのコースを取られていますが、どういったことを学ばれたんですか。
Inoue: ジョージブラウンはシアターのプログラムだったので舞台独特の見せ方や、発声手法などを学びました。また、パフォーミングアーツのベーシックな理論や業界の一般常識を習ったという感じでした。セネカの方は完全に技術的なことだったり、何歩も前に進んだテクニックを学んだりもしました。例えば、カメラのクラスがあったのですが、本当にカレッジがここまでの設備を持っているのかというくらいの贅沢な環境の中で、グリーンスクリーンのスタジオで週二回くらい自分が演じるところを撮ってもらって、それを見返して勉強するなどの十分なスペースがありました。一般的にコミュニティーカレッジというのは自分が勉強したい分野をとことん追及できる環境が整っているんだなと思いました。自分が最も学びたいことだったフィルム・アクティングの勉強を凄く充実してできたと思っています。クラスの人数も少なかったので生徒一人一人にかなりアテンションが行っていたと思います。
QLS: 井上さんはそうすると舞台役者よりも映像の方を目指しているわけですね。
Inoue: そうですね。やはり僕は映像の方が向いているかなと。まず単純にフィルムであれば失敗しても取り直しがきくというのがあります(笑)。それと舞台の場合は、こちらだとお客さんとのコミュニケーションも含まれてくるので、役者としての対応力がものすごく広く求められるんですね。お客さんの反応をみてその場でアドリブを加えたり。それに対応できる力のある演者の方が沢山いるので、その中で生きていかないといけないというプレッシャーに耐えられる自信がないというか。見るのは好きなんですが。それと、英語も相当ハイレベルじゃないと舞台は大変だと思います。
QLS: ちなみに学校のクラスの中に留学生は結構いたのですか。
Inoue: GBCのときは全員で30名くらいのうち自分を含めて2名のみ、セネカでは全生徒40名(ひとクラス20名) のうち留学生は僕だけでした。なので、英語は結構鍛えられると思います(笑)
QLS: 卒業後は皆役者さんを目指すことになるんでしょうか。
Inoue: そうですね。卒業した後に自分で実際に事務所に応募したり、そのフィールドに入っていこうと動いている人は把握できる限りでは、クラスの半分くらいじゃないでしょうか。やはり、プログラムを終えて業界の厳しさを知って違う分野に方向転換する人も多いです。
QLS: 役者になるためにはまずオーディションを沢山受けることから始まるのでしょうか。
Inoue: そうですね、オーディションを受けて受けて受けまくる感じですね。ただ、新卒でオファーをもらえるというのは相当レアなケースになると思います。オーディションの機会は時期によってかなり変わりますね。冬は本当に少ないですし。ただ、カナダの特徴として色々な人種に対してオーディションの機会があります。今回はブラックアクターだけとか、アジア系アクターの募集や、30歳から40歳までのコケ―ジョンの方募集とか。自分にあてはまるものをしっかり見つけだして応募する必要があります。
QLS: 最近はハリウッドでもダイバーシティーということで、マイノリティーの活躍の場が広がっているように思いますが、アジア系のアクターも今後北米で活躍のチャンスは広がりそうですか。
Inoue: そうですね。今は特にいろんなネットメディアが出てきたおかげで、アジア系のアクターが活躍するチャンスは広がったのではないかと思います。例えば、日本に居ると他の日本人の方達だけと勝負することがほとんどだと思うのですが、海外になると、ちょっとしたアジア人役の枠で北米のドラマに出れたりすることもあると思います。
その場合、マイノリティーの人種の中から人選となるので選んでもらえるチャンスは結構あるのではと思います。
QLS: 井上さんのように日本では活動をしていなくて、最初から海外で教育を受けて海外でデビューされる方は珍しいのではないですか。
Inoue: そうですね。今日本でキャリアを積んでいて、これから北米を目指している方や、アメリカで色々な仕事をしながら、いつかハリウッドでと、チャンスをうかがっている日本人の方もいらっしゃると思いますが、私のようなケースはそれほど多くはないと思います。
正直なところ、キャリアの勝負する場所が変われば、英語を含めた求められる能力も変わってくると思うので、海外進出を目指す場合、最初から現地のフィルムクレジット(実績)を作っていく方がインパクトがあるのではないかと思います。
海外発信のものに出れることの価値が大きく評価されるようになってきたので、最初からどちらかに絞ってしまっていいのかなとも思いますね。日本でやりたいのか、海外でやりたいのか。
QLS: 最近はネットフリックスのドキュメントリードラマのAge of Samuraiに出演されていましたね。撮影の現場としてはどんな感じだったですか。
Inoue: 自分のやりたいフィールドの仕事だったので、そのフィールドのプロの方たちとお仕事させていただいて大いに刺激をもらいました。日本にいた頃テレビで見ていた俳優さん含めて日本人の俳優さんが殆どだったのですが、海外作品ということで皆さんどこかスイッチが入っていて野心も感じられ、一人一人の役者さんが現場に持ってくるエネルギーがとても刺激的でした。自分がセットに入って撮影したのは3日間だけだったんですが、その間ミスなく言われたことをやり遂げるために緊張はしなかったですが、かなり気が張っていましたね。非常に楽しかったです。カナダに来て一番楽しかった思い出ですね。
その後もすごく反響がありまして、ちょくちょくオーディションの話を直接頂けれるようになりました。そして、このタイミングでPRが取得できたのは僕にとって嬉しいことでした。
QLS: 将来の目標とか夢とかはありますか。
Inoue: まずは役者の仕事一本で生活できるようにするのが第一の目標です。それから、やはりカナダにせっかく永住することにしたので、現地に居続けている意味というのをしっかり見いださせるように、こちらの北米作品になるべく出れるようになること、あとは海外の人が日本人を題材に作りたがる侍や忍者系などももちろん出たいのですが、日本を題材としたものだけでなく、北米在住のアジア人・一人の現代人として英語をしゃべる役として役をゲットしたいという思いもすごく強くありますね。そのためにも英語をもっともっとブラッシュアップして・・というのがとりあえず今の目標になりますかね。
QLS: これからカナダ永住権をめざす人に伝えたいことはありますか。
Inoue: 僕の個人的な主観になってしまうんですが、ワーキングホリデーなどは別になるとは思いますが、永住されたい方に関しては、永住権を取得された後に何をしていきたいかというビジョンは何となくでも持っていた方が良いと思います。英語を勉強する目的やモチベーションにもなると思いますし、日々の過ごし方も変わってくると思います。うーん難ししいですね、この質問 (笑)。自分探しにくる方もいらっしゃるとは思いますが、こと移民に関しては常にその先に何があるのかを意識していたほうが楽しいんじゃないかなと個人的には思います。
<インタビューを終えて>
謙虚で落ち着いた語り口と、どんな質問にもしっかり自分の言葉で考えを語るところから井上さんの役者さんとしての訓練の片鱗を伺うことができました。コメディーよりはシリアス系、ドラマチックなものがやっていて楽しいそうです。自分が気になった映画のシーンや長セリフでモノローグ(一人芝居)の台本を作って部屋の中で実演、撮影するのが日課という井上さんのこれから5年後、10年後が楽しみです。